2018年01月29日

いざ

本日の部員ブログは
商学部四年 小木曽 おぎそ が担当いたします。


私は四年間、高校コーチとして活動して参りました。OBの皆様にはなぜ大学体育会なのに高校コーチなのだ。と思われる方も多くいらっしゃると思いますし、私もこの四年間なぜ選手をやらないのか散々周りの人間にも聞かれて来ました笑

ですので、就職活動以外、誰にも話さなかった私が高校コーチを志したワケを簡単にご説明する形から現役最後のブログを始めさせていただきます。

私は高校2年生(表)よりボクシング部の門を叩きました。その当時高校ボクシング部は現在と異なり部員も数名で、大学と合わせても20名程しかいない小さな団体でした。

私はそのような環境の中で、インターハイに出て校内放送で 小木曽 の名前が呼ばれるために練習をしていました。
結局県予選決勝までいきましたが、二個下の選手に大差で敗れインターハイ出場は叶えられませんでした。

↑僕に勝ちインターハイにいった選手は
現在プロでも頑張っており、一度試合を見にいきました!がっちりfacebookも友達です


私は高校2年 表裏 高校3年の2年間を高校ボクシング部で過ごしました。
そして総体予選を終え、だらだらと引退生活を過ごしている時に、あるドラマを見ました。
そのドラマこそが、私が高校コーチを志した1番の理由です。

そのドラマとは、


ルーキーズです

鼻で笑われた方も多いとは思いますが、これにはワケがあります

ルーキーズを簡単に説明させていただきますと、
ヤンキー達が熱血教師に出会い甲子園を目指す。
まぁこんな感じかと思います

私はやんちゃ時代全盛期の中学生の頃にも見ており、その再放送を引退後に見た形にはなりますが
自分の高校生活を振り返りながら見るとまた違ったドラマの様に感じました。



ここで感じたのが、「青春」「仲間」です。
自分は高校時代、個人では結果のためにがむしゃらに頑張ったが、果たして仲間と切磋琢磨し築き上げた青春はあったのだろうか。
ふと団体競技への憧れを抱きました。

しかしボクシングが好き。
お世話になった先輩たちと一緒にいたい。

その結果出した答えが高校コーチでした。
高校コーチとして、「個人競技で仲間のために戦い合えるチーム」を作りたい。
そう決心し、ふたたびボクシング部に戻りました。



就任早々から、暴言で部員辞めさせてしまったり、OBの方、顧問の先生、他校の先生、保護者の方多くの大人の方と密に接する機会が多く本当に苦労しました
とくに簡単にチームを作るとはいえど、センシティブな高校生という年代をマネジメントするのは毎日葛藤であり、引退するその日まで結局正解は見つけられなかった様な気がします。

ですが、自分を信じついてきてくれる高校生を見て、よっしゃと毎回心の中で唱えてから
部室のドアを開ける様になりました。

コーチ3年目、慶應高校は6年ぶりインターハイ出場者を輩出(現 高校コーチ大縄)並びに県予選団体優勝を経験することができました。

これらの功績は本当に選手が頑張ってきたものだと感じています。
ですが、ここで結果以上に嬉しかったことが一つありました。
それは現 大1の桑満が言った一言です
「おれらインターハイじゃん!」
赤コーナーで大縄の手が上がり、インハイ出場を決めた瞬間が、彼がこう言いました

おれら。
この言葉は私にとってはとてつもなく大きいものでした。
ボクシングはされど個人競技。
インターハイにいけるのは1人。
そんな中、前日の試合で負け引退が決まった桑満が、他人の勝利を自分のことのように喜んだように感じました。
これこそが、自分は チーム なのだと感じました。


ぐたぐだと長くなり、何がかきたかったのか、分からなくなって参りましたが、
現役を振り返ると本当に感謝感謝の四年間でありました。
全権を委任し、時には厳しく指導していただいた佐藤監督を始め、OBの方保護者の方には大変お世話になりました。

またたくさんの気付きを与えてくれた、高校生にも本当に感謝しています。

私は来週より、卒業式間近まで、英国紳士になるべくイギリスに行って参ります。
では、OB会にて気品を身につけた小木曽を楽しみにしていてください!

お世話になりま



帰国時はこうなっているとおもいます

慶應義塾大学 商学部 4年
小木曽継
PC:keiogisojimmy@gmail.com
Mobile:keiogiso_1202@yahoo.co.jp
Number:09078127961
image1.pngimage3.jpegimage4.jpegimage5.jpegimage6.jpeg
posted by 慶應ボクシング at 16:31| ボクシング